◆日々徒然◆

5年前のオリンピック、私は離婚直前だった。

 

※今日の記事は、流産死産などのワード、リアルな表現が含まれます。

読んで気分が悪くなってしまう方、不安に感じる方などは読み進めないようにしてくださいね。

 

 

 

 

先日の記事は、自分が独り言のように時々呟いていたInstagramの投稿を、

こんな時代もあったな、と転記しました。

 

私はmixi世代なんですが、みんなよく日記をアップしていましたよね。

当時も、私は日記というよりは、こういう文章を載せることが多くて

自分の感情や姿を音にして、自分の独特のリズムで書き上げる作業が好きだった。

過去のものを見返したときに、私こんなの書いたんだなぁと不思議な気持ちになるんですけどね。

その多面性や脆さも、私の一部、そして私の大切な構成要素、なんだと。

 

 

さて、オリンピックが開幕しましたが、

ふと前回のオリンピックってどんなだったっけ?って思い出そうとしたんやけど、

あれ…

何も覚えてない…なんでだろ…?って思って。

 

 

4年前、いや違う

一年ずれたから5年前だ。

 

 

 

そうか、離婚直前だ、と思い出して。

 

 

その年は春の終わりに妊娠して。

数ヶ月、悪阻の地獄をなんとか耐えて。

私にとっては、3度目の妊娠だった。

 

今回もきっとダメだ、と諦めに似た感情と、期待してはいけない、と強く自制する気持ち。また辛い思いをするのかなと不安に思いながら、それでも幸せを感じて、でも24時間逃場のない苦しみは続いて。

仕事もして、なんとかその日を過ごす毎日。

 

 

3回目の母子手帳をもらいに行って

「今度はきっと大丈夫ですよ!」と言われ

翌週の検診で心音が聞こえないと言われ

もうだめだ、と泣いた。

 

 

 

割と、辛いことの多い人生やったけど、ほんまに私は幸せにはなれないんやなぁって思って、

不安定は究極まで達した。

生きていくのがつらい。つらい。

当時、大きな病気も患って、毎日咳が止まらず、背中が痛くて毎日身体を丸めて過ごしていた。

 

 

離婚を決意して、とりあえずの自分の住む場所のために、古いアパートの一室を借りて。

フローリングの床に薄い布団を敷いて寝た。

背中の痛みが悪化して辛かったなあ。

 

 

そのとき、テレビでやってたのが、オリンピックだった。

音がない部屋では、なんとなく眠れなくて、テレビをつけていたけど、

全く画面を観ることはなく、

都会の雑踏のように、いろんな音が混じり合う、意味のない気配を

それでも感じていたかったんだと思う。

 

 

モノクロのように、その頃の私の目に映る世界は、全て色を失ってた。

水タバコが吸える店に毎晩行き、そこで缶酎ハイを開けて。

心を無にして、ただひたすら、吸い

ふわふわした感覚で自転車を漕いで

その真っ暗なアパートへ帰る。

薄い布団にばたりと倒れ込み、無意味についたモノクロのオリンピック映像を聴きながら眠る。

 

そうすることでしか、生きていられなかった。

現実を忘れないと、あまりにも日々は自分の心を殺して、消えたくさせる。

 

 

 

すごく、すごく、すごく、孤独だった。

 

これから先のことなんて、なんの希望もない。

絶望しかなかった。

 

3度目の妊娠も自然に流産せず、搔把手術で終えたんやけど、術後毎日、ずっと出血も続いていて。

2ヶ月止まらない出血に、これは流石におかしいんじゃないかって思ってた。

ある日、いつもと同じように帰宅して、トイレに行ったとき、

真っ赤な血と共に、赤黒い塊が自分の中からゆっくり出てくるのが見えて、

ああ、終わったんだ、私って。

震える手で、救急車を呼んだ。

 

 

2度目の妊娠も、残った胎盤がポリープになってしまいかなり大掛かりな手術を受けたんやけど、今回もポリープになってしまっていたみたい。

救急車に乗り込むとき、掌にのせていた、大きな塊。

こんな大きなものが、子宮にあったんや。

でもこれも、お腹の子が残したものなんだな、なんて思った。

 

 

私は妊娠に向いていない。

分かってはいたけれど、現実を突きつけられたような気がした。

 

 

 

そんな体験を経て、今の私があるんやけど

今年のオリンピックは、朝から息子が無理やり膝に乗ってきて

狭いなぁって笑いながら、朝ごはんを食べながらテレビをつけてる。

 

今は別の意味で、画面をゆっくり眺める時間なんてなくて、何も目に入らないけれど、

確実に今の私は、しあわせだ。

 

 

5年前、離婚を悩んでいた私に仲良しのお姉さんがくれた言葉、

「どちらの道を選んでも、幸せはあるよ。

どちらかは幸せでどちらかは不幸せなんてことはない。

幸せの形が違うだけ。」

 

そうだね、そう思う。

本当にそうだと思う。

 

どんな道を選んでも幸せはあるんよね。

自分がどうしたいのか、

どう生きたいのか。

それだけなんだと思う。

 

これからも、沢山の選択をしながら、私は生きていくと思うけど、

この言葉はきっと、ずっと私の支えになると思う。

 

 

 

今日は、1日、夫に息子を預けて、ずっと前から参加したかったワークショップに行きます。

連休最終日、皆様も楽しくお過ごし下さい^ ^

 

 

それでは、また。

 

 

 

 

 

 

POSTED COMMENT

  1. あべっち より:

    こんばんは!
    いつも更新を楽しみにしています。^_^

    アキラさんは、「強くて優しいなぁ」って
    読むたびに励ましてもらっていて。
    おしゃべりしてみたい!笑

    まさに今、離婚について
    考え始めてしまった私にとって、
    仲良しのお姉さんの言葉は、胸に響きます。

    どちらを選んでも、幸せ。
    そう思うと前に進めそう。

    でもね、娘はまだ4歳で
    パパが大好きだから、行動に移すには
    時間がかかるかな。

    それまで、どうやって過ごせば
    毎日幸せに過ごせるんだろう?

    幸せになることを諦めず、
    笑顔になれることを探してみます!

    ブログ楽しみにしています^ – ^
    いつもありがとう!

    • akira. より:

      >あべっちさん

      コメントありがとうございます!
      強くて優しいだなんて嬉しいです。
      離婚を考えているとのこと、どんな選択をしても
      お姉さんの言うように絶対どちらにも幸せがあると思います。
      離婚に限らず、人生のどんなことにも言えると思う。

      パパ大好きな娘さんなら悩みますよね。
      夫婦として、とひとりの子供の親としてって
      全く違うものだし、本当に難しいと思います。

      でも、ほんと、どちらを選んでも必ず、その先に
      あべっちさんの幸せがありますから
      焦らず、いろんなことを考えて、周りにも甘えて
      ゆっくり進んでください。

      最後に選んだ道は、どんな結果でも最良の選択です。

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